2011年2月8日火曜日

男の子の失敗

八幡山駅の改札の脇、券売機のあたりで
近くの高校のブレザーを着た男の子と女の子が
向かい合ってなにごとか話していて
二人の鼻と鼻のあいだには紙一枚ぐらいの隙間しかない

男の子は茶色の髪を後ろになでつけて
アルミのママチャリにまたがっている
女の子の髪は栗色で、肩のところまでまっすぐ伸ばし
グレーのスカートの丈はとても短い

女の子がいったんさよならと手をふって改札に向かう
男の子はそのまま見送るらしい
と、女の子が小走りに戻ってきて
かばんから取り出した菓子パンのようなものを
男の子の自転車の前かごに入れた
そうしてふたり笑う

声が途切れて、女の子はちょっと目を伏せ
それから、もういっぺんさよならと手をふって
今度は改札をくぐった
券売機は改札の脇
券売機の前にいる男の子からは、改札の入口までしか見えない
女の子が視界から消えると
男の子はポケットから携帯を出した
そのまま誰かと話しはじめた

だが女の子は
改札の内側から身を乗り出すようにして
まだ男の子を見つめていた

そしてしばらくそのまま

どうやら男の子が気づきそうもないので
やがて女の子は諦めたように踵を返すと
エスカレータを上がっていった

男の子にしてみれば
失敗をしたという認識も無いだろうし
認識したところで
ほんの些細なことだと思うのみだろうが
それは明らかに致命的な失敗だった

駅で女の子を見送る時は
男の子は改札の奥まで見通せる位置に立って
女の子がそこから見えなくなるまで
彼女がコンコースの奥のほうへと消えるまで
じっと注視しているべきだ
きみのことを好きなら
女の子は何度でも振り返るだろう
そしてそのたび
にっこり笑って手を振り返すだけでいい
そんなに難しいことじゃない

ただ、難しいことじゃないので
周りの人はわざわざ教えてはくれない
だから大概、ずっとあとになって気づく
あれは致命的な失敗だったと
あるいは、あとになっても気づくことさえ無い
たとえば恋の終わり際に女の子が教えてくれたなら
ずいぶん運の良いことだろう

女の子が本当に去ったあとも
男の子は同じところでママチャリにまたがったまま
電話の相手と話していた
とても楽しそうだった