2012年9月16日日曜日

オーヘントッシャン

うちの実家はむかし、大阪の梅田で小さなバーをやっていて、
僕も東京に出るまでは
ちょくちょく顔を出しては
大人の男や女にまじってみるのが好きだった。
酒が飲みたくて行ったのではない、
せいいっぱい背伸びして、夜の空気を吸いたくてのことだった。

そのころはよく知らないまま
アーリータイムズあたりを飲んでいたが、
もちろん味などわからない、
うまいと思ったこともない。

東京に出てきて、
下北沢やら神楽坂やらに、ちょっと行きつけのところも出来て、
マッカランだボウモアだと知ったような顔をするようになったが、
なんだか格好つけていただけのことだ。

きのう、意外にも仕事が早くひけたので、
久しぶりにバーへ行ってみる気になった。
薄暗い階段を地下へ降りると、客は誰もいなかった。
どうしますかと言われて
なんとはなしにオーヘントッシャンを頼んだ。

ひとくち含むと強烈なアルコール
やっぱりウイスキーなんてろくなもんじゃない

ところがそのあと
燻した樽のにおいに体の中が満たされると
背伸びして飲んでいた昔が一気に思い出されて、ちょっと悪くない気分になった。

あの実家のバー
堂山町の雑居ビルの三階の奥
一階の揚子江ラーメンのトッピングの春菊
向かいのカラオケスナック
歌手になりそこねたマスターと、音大生のバイトがいた
出前してくれるお好み焼き屋のゲイの夫婦
にぎやかに話しているのに、なぜだかひっそりして見えた
あの街の夜は楽しかった


ウイスキーはうまいとはいえない
でも思い出を想起させるには良いらしい
ということは少なくとも、意味はあるということだ。

それはそうと、オーヘントッシャンはゲール語で
『野原の片隅』という意味らしい。
バーテンダーが教えてくれた。
なかなか詩だなと思った。