2015年12月30日水曜日

逃げるな

2015年12月30日、仕事納めにあたって

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今年は長男が幼稚園に入園、
自分も二十年近く身を置いてきた放送の現場を離れ、
家族を取り巻く環境が大きく変化した年でした。
私の方は四十の手習い、新しい仕事に文字通り四苦八苦でしたが、
長男は楽しそう、日々成長を見せてくれて嬉しく思っています。

障害児を普通の幼稚園に通わせること、
介助の先生がいてくれるとはいえ、正直言って不安だらけでした。
「どうせ滅茶苦茶になるだけだ、この子を人目に晒したくない」
駄目な物思いに囚われていました。

前へ踏み出すきっかけをくれたのは、
発達支援デイサービスの先生です。

「お父さん、青くんが十八歳になった時、どうなっていてほしいですか?」

その日彼女が発した問いに、私は全く答えられませんでした。
考えたことがなかったからです。
私の様子をしばらく見てから、先生は言いました。

「お父さん、ほとんどのことからは逃げることができます。
 でも、親であることからだけは、逃げられませんよ」

静かで厳しい言葉でした。
でも次の言葉は優しかった。

「いっぺんやってみましょう。
 うまくいったらラッキー、
 うまくいかなかったら、全力でここへ逃げてきてください」

逃げるなと諭す一方で、
逃げ場所も示してくれたことに感謝しています。

長男が自閉症と知ってから二年半、
受容できたかと聞かれれば、私も妻も「いや全然」と答えるでしょう。
しかし向き合いながら、
皆さんに助けてもらいながら、
家族で前に進んでいけると思っています。

来年もよろしくお願いいたします。
皆さんにとって2016年が、良い年となりますように。




2015年10月10日土曜日

パパアリガト

長男、初めての運動会。
父兄でいっぱいの騒がしい園庭に対応できず久しぶりのパニック、
抱き上げた私の肩に顔を埋めたまま動かない。
降ろそうとすると暴れる。

大丈夫、想定内だ。
担任と話をつけ、抱っこしたまま開会式に出た。

その後もなかなか状態は良くならず、
歌では耳をふさぎ、ダンスでは目をふさぐ。
練習では一人でやれていたという徒競走も、
結局、抱えたまま親子で走った。

でも大丈夫、想定内だ。

大切なのは進行の妨げにならないこと、
親が不機嫌になって周りに気を遣わせないこと、
全部想定どおりやれている。

走り終えて列の後ろに並んだ。
するとしゃがんだところで、
長男が突然顔を上げると、私の目をまっすぐ見て

「パパアリガト」

と言った。

パパアリガト。
初めての二語文。
ひとつだけ、これだけ想定外だった。
抑える間もなく熱いものがこみ上げ、
四歳児の群れの中、大人ひとり、少し泣いた。




2015年4月1日水曜日

世間

去年の今頃の話。

育児休業中で、自閉症の長男と毎日散歩に出ていた。
当時の長男は住宅の門扉に拘りがあり、
一軒ごとに取っ手を回さねば気が済まず、
回して開こうものなら
中に立ち入らねば気が済まなかった。
止めると暴れる。
何事かと家の人が出て来る。

それでも謝って事情を話せば皆さん優しくしてくれ、
いいよ門扉くらいと言ってくださり、
おかげで近所を歩くかぎりは次第にストレスも減っていた。

そんなある日、道で
コリーを連れた老年の男性と出くわした。
門扉をいじる長男を見て、老人は吐き捨てるように

「親の育て方が悪いからこうなるんだ」

と言った。
全身から冷や汗が出た。
何も言えず、
子供を引きずるようにその場から離れながら
「そうだこれが世間だ」
という言葉だけ、頭の中に充満した。

今朝、上北沢の駅前で
その老人を見かけた。
思っていたより随分耄碌した爺で、
コリーはまともに歩けないくらい太っていた。

この一年で変わったのだろうか?
いや、たぶん彼らは変わっていない。
変わったのは俺のほうだ。

犬の頭を撫でながら
「かわいいワンちゃんですね」と言ってみた。
爺は顔をくしゃくしゃにして
「ありがとうございます」と言った。