2020年1月30日木曜日

解毒

雨の帰り道、世田谷線を待つ長男を凛々しく思って眺めていたら、
彼の奥のほう、二十数年前に住んでいたアパートが目に入った。
正確には当時の恋人が借りていた部屋で、私は転がり込んでいただけだが。

東京に出てきたばかりの自分を思い返すと苦しい。
就職面接で長所を問われ
「どんな状況でも楽しむことができることだ」
と何の疑いもなく答えていたのに、
翌年の春にはもう、理由のわからない疲労に苛まれるようになっていた。

今にしてみれば、
それは新生活のストレスなどといった表層に起因するものではなくて、
もっと致命的な性質を孕んだ毒だったのだとわかる。
十代の大きな部分を家族の介護のために削ったこと、
そして、それを当然のこととして扱われたこと。
転がり込んだアパートの恋人と結婚して、離婚した。
二十代の私は傷ついていたが、彼女のことも傷つけてばかりだった。

夜の寝室、隣で横になった長男が、おやすみと呟いたあと、
私の右手をそっと握って、自分の胸のほうへ引き寄せた。
母親がまだ水仕事の最中で、
こちらへ来ない寂しさをまぎらわすためにしていることだと重々わかっているのに、
私は、長男も含んだ何か複合的な存在が、
私を抱き留めてくれているような感覚に包まれた。

彼が寝入るにつれて、指先の力が段々抜けていくのを見ていた。