2008年4月28日月曜日

声をかける

仕事帰りの地下鉄で 
読んでいた本から顔を上げると、 
十年前、同じ仕事場で働いていた男が 
向かいの席に座っていて驚いた 

大学を出て働き始めたばかりのころ 
家に帰る暇はもちろん、寝る暇もお互い無くて 
会議室の椅子を三つずつ並べて 
少しずつまどろんだものだった 

今も同じ建物にいるものの 
最後にまじまじと会ったのは 
おそらく二年以上も前だろう 

横に座った、体ごとぶつけるように喋る 
後輩とおぼしき男が 
いかにも熱心そうな雰囲気で、彼に質問し続けていて 

一方 
彼は少なくとも一晩は寝ていない顔つきで 
黒々と伸びた不似合いな無精髭からも 
長い仕事の区切りに 
ようやく家路につくことが明らかであり、 
本当のところ、目をつむってじっとしていたいのは 
容易に知られたが、 
それでも丁寧に、いちいち答えてやっていた 

そういうところに昔と変わらない人柄が見えて 
なつかしく思ったけれど、 
それにしても大変疲れているようだし 
連れとの会話に割り込んでもいいものか、迷った 

結局 
乗換えの一駅前を過ぎたところで声をかけたが 
おおとかああとか 
通りいっぺんの挨拶だけで時間になってしまい 
もう少し早くすればよかったと後悔した 

あわただしくホームに降りて 
歩き去りざまに車窓を見るとき 

もうこちらと、目は合わさないだろうか 
合わさないなら少しはがっかりするが 
合わさないにしても良しとしようと思いながら顔を向けると 
窓越しにまっすぐこちらを見て 
右手をあげていた 

ああ、やっぱりこういうやつだなあと思いながら 
こちらも手をあげて 
乗り継ぎの階段に向かった