2016年9月7日水曜日

そばの思い出

平日の昼食はだいたい立ち食いそばで済ます。
電車通学になった十五の春以来、
のべ何杯食ったか見当もつかない。
プッチンプリンがプリンではないように、
立ち食いそばも蕎麦ではない。
別の食べ物で、両方好きだ。

就職して東京に出てきたころ、
当時の恋人と立ち食いそば屋に入ったことがある。
彼女はそれまで一度も食べたことがなく、
一口たぐって
「何これ、まずいね」と言った。
蕎麦切りと思って食えばそりゃ不味い。
お嬢様育ちにオー・ヘンリーの
「都会の敗北」を気取った自分が悪かったのだが、
その人とは結局、うまくいかなかった。

「思い出の立ち食いそばは」と妻に聞かれた時、
割とすんなり
「長野塩尻の駅そば」と答えた。
京都での大学時代、
白馬で行われる合唱団の夏合宿に
青春18切符で向かう途中、
乗り継ぎの電車を塩尻で二時間待つ。
一年に一度しか食べない山菜そばの味が、
仲間と手持ち無沙汰のプラットフォームとともに
懐かしく思い出されたのだ。

すると妻が
「その駅そば、私も食べてたよ」と言う。
中学のころ、
実家の諏訪から松本の病院へ
定期的に通っていたことがあり、
付き添いのお母さんと寄っていたそうだ。
定番はコロッケそばだったという。

妻は私の五歳下で、
こちらが大学生のころ、
あちらは中学生だった。
今、くたびれた都会の男どもと並んで
コシの無い麺をすするたび、
あの時の自分の横に、
コロッケそばを食べている
しかめっ面の女の子がいなかっただろうかと考える。
いなかったに決まっているけれど、
そんな想像はとても楽しい。