2008年9月9日火曜日

黒い犬について

調子が悪くなるときは、だいたい事前にわかる。 
だいたい夜だ。 
具体的に、どこがどうなるっていうものじゃない。 
「ああ、悪くなるだろうな」と漠然と思うだけだ。 

そして朝、悪くなっている。 
前兆があったら、ほぼ確実にそれはやってくる。 

全身がだるいとか、起き上がって着替える気にならないとか 
そんなのいつでも誰にでもあることだろうし 
昔からあったし 
おさえこむことができた。 
ちょっと気合を入れさえすれば、おさえこむことができた。 

だが、それが出来なくなってしまった。 
どんなにがんばっても、出来ない。 
おさえこまれるのだ。 
圧倒的におさえこまれる。 

チャーチルは 
かつて自身の抑うつのことを「黒い犬」にたとえたそうだが、 
少なくとも僕の中の黒い犬は、 
力を得たとき今の僕の手には負えない。 
僕の中に黒い犬が住み始めたのが 
いつなのかはわからないけれど、 
いったいこんなしろものを、かつてはどうやって制御していたのだろうと思う。 
黒い犬が度を超えて強くなってしまったということかもしれないし、 
こちらの「制御する力」が弱くなってしまったということかもしれない。 
だがどちらにしても 
僕の中で何かが変わってしまったということなのだ。 

決壊してしまった 
あふれてしまった 
流れていってしまった 
ほかの言葉をあてはめてみれば 
なんとなくどれも的を得ているようで 
またなんとなく、どれも少し違うような気もする 
結局、「変わってしまった」としかいいようがない 

いつまでこれが続くのだろうと、思わずにはいられない。 
完全に元に戻ることはないだろう、とも思う。 
第一、「元に戻る」といっても 
どの時点に戻ることなのかもはっきりしない。 
だからこれを受け入れるしかないのだ。 
納得はいかないが、 
受け入れて向き合っていくしかないのだろうと思う。 

さて、チャーチルの「黒い犬」について僕に教えてくれたのは 
妻だ。 
きょうも夕食時、黒い犬について話をした。 

きょう、妻は言った。 

「チャーチルがそれを黒い犬にたとえたのは 
 それを 
 自分自身の中にあって、なんとか可愛がれるものとして 
 とらえていたからじゃないかなと思う。 
 だって普通だったら、闇とか魔物とか言えばいいでしょう。 
 犬なら、まだ可愛がれるもの」 

僕は今まで、そんなふうには思ってみたこともなかった。 
あまりにも思ってみたことがなかったので、 
その言葉を聞いたとき、世界が一度更新されたように感じた。 
大げさではなく、そのような感覚を持った。 
妻はそんなふうにして 
時々、僕の認識をまったく新しくしてくれる。 
つまり、僕の人生を更新してくれるということだ。 

それは、今の僕にとって 
とても素晴らしいことだと思う。