2013年3月25日月曜日

四人

「猫がいるんよ、うちに」
と、友達が言った。
「猫?」
「そう、ショートヘア」
「何歳?」
「5歳」

その夜、彼女が誘ってくれて、
東京タワーの近くにある中国料理の店で食事をした。
会うのは三年ぶりだった。

「それがね、前に一緒に住んでたひとの猫やねん」
「ほう」
「で、別れるときにね、猫をくださいと
 だめもとで言ったんやけど、これがあっさりオーケーで」
「うん」
「驚かない?」
驚かないな、と僕は思った。
「俺が誰かと住んでて猫を飼ってて、
 別れるときに猫をください言われたら、あげると思う」
「あっさり?」
「あっさり」
「そういうのって、変じゃない?」
「変じゃない」

前段、店に向かう路地で、
前を歩いている細身の黒いコートが目に入った。
姿勢が良くて、後ろ姿ですぐに彼女とわかった。

「仕事の帰りがいっつも遅かってん、そのひとが」
「うん」
「で、夜ね、いっつもベッドの端にいて」
「猫が?」
「猫が。ドアのほう向いて待ってるの。
 彼が出てったあとも、しばらく毎晩そうやってしてた」

大学時代、彼女と僕と、
彼女の当時の恋人と僕の前の妻は
京都の国際交流団体のボランティアで同期だった。
四人一組で、何かとつるんでいた。

「猫を残して出て行く」
と、僕は言った。
「それで、どこかで似た猫を見かけたとき、
 きみのことを思い出すことがあるかもしれない」
「彼が?」
「彼が。
 今どうしているだろうか、
 あの猫と暮らしているだろうか。
 男はそういうところあるよ」
「女は無いわあ、そういうの」
「そうやろうね」

大学時代、四人で何をしただろう。
サマーキャンプのボランティア部屋で、どうしていただろう。
僕と彼女がいつも何やら悪だくみで、
ひそひそ話して、げらげら笑って、
それを大概、彼女の恋人と僕の前の妻が見ていた。
彼らはどんな顔して見ていただろう?

「あなたたちが結婚したでしょう。あれ何歳?」
「二十六歳」
「ちょうどそのころ、私と彼はだめになって」
「そうね」
「やるせなかった。
 どうしてそっちはそうで、こっちはこうなのかって」
「正直やね」
「正直よ。で、離婚したやん。あれ何歳?」
「三十一歳」
「いい言葉が見つからないけど・・・
 そうね、納得したんよ」
「納得?」
「やっぱり・・・そうね、やっぱり。
 やっぱり四人ばらばらになったんやって」
「うん。わかるよ」

東京に出てきて十五年、
お互いの語尾やイントネーションに標準語がまざって、
どこの土地の言葉か不明瞭になっている。

「ああ、そうそう」
と言って、彼女が前の妻の名を口にした。
「子ども産まれたの知ってる?」
知っているわけがない。
「再婚したの?」
「したした。二年前かな。
 で、去年の十月に生まれた。男の子」
「去年の十月か。うちとちょうど2歳差やな」
「ねえ、どう?」
「どうって?」
「どう感じる」
「嬉しい。幸せでいてくれるなら嬉しい」

そうして僕らは四川だれの棒々鶏を食べ、
パクチーをのせたワタリガニを食べ、
つやつやした黒酢豚を食べた。
春の匂いがする夜だった。